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1月1日を祝う気が昨年から失せた理由

私は1月1日という何の意味もない日を祝いありがたがる気が前年から失せてしまいました。全く普通の日だからです。太陽信仰であれば冬至の翌日(太陽が復活)が元旦であるべきなんじゃないかと思いますし、月の信仰であれば旧暦正月が正月であるし、二十四節気であれば立春が正月(新春)の意味があると思いますね。いずれにしても自然現象においての復活が重要なこととなると思われるからです。神事における正月も年神様をお迎えして子孫繁栄と五穀豊穣をお願いするわけですから、立春なんじゃないかと想像できます。ということで、私は西洋崇拝主義が導入した無意味な元旦を祝う気が失せたという訳です。

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